彼女は毎日毎日バレエの練習に励んでいた。
来る日も来る日も、トゥシューズを履いて。
ある日練習が終わったあと、レッスンスタジオに一人残ってクールダウンのストレッチをしながら傷だらけの脚を眺めた。使い込まれてくたびれたシューズが転がっている。
私はいったい何のためにこんなに傷だらけになっているのだろう?
いつか世界的なプリンシパルになって晴れ舞台に立ちたい。
それをおぼろげな目標に掲げて日々戦ってきたけれど、もしそれが達成されたなら、その先は?
その達成がいったい、何の役に立つの?
でも、達成されればまだマシ。
このまま無理ばかりして、結局怪我をしてしまったら?
歩くのもツライ体になってしまったら・・?
彼女の頭はまだあまり難しいことを長々と考えるようにはできていなかった。
なんだかぜんぶ面倒になり、ふてくされた顔でもやもやした思いをため息とともに吐き出した。
遠くから鐘の音が聴こえてくる。
通りに面したスタジオの大きなガラス窓には、西日が射しこんできた。
反射してよく外が見えない。
彼女の座っている場所にちょうどひだまりができた。
あたたかくて、気持ちよくて、ヨガマットのうえに横になっていたらうつらうつら。
はあ、踊っているのに心は冷え切っている。なんで?
・・・
寒気を感じて目を覚ますと、もう西日はいなくなり、夜が入れ替わりにやってきていた。
ああもう帰らないと。
立ち上がったとたん、部屋のライトが灯され、誰かが入ってきた。
あら、誰かいたの?
彼女が気まずさを覚えて黙っていると、その女の人は気さくに話しかけてくれた。
私のこと、見すぼらしくみえたのかも。
昼のバレエ教室の子ね。
私は夜の部のフラメンコ教室のインストラクター。
ちょっと違うけど、あなたと私は同じダンスの仲間、かな?
彼女はそれでもまだうつむいていた。
よかったら見ていく?
そういって女の人は微笑みかけてくれた。
その少しトーンの高い声の響きと笑顔のおかげで、ずっと張りつめていた心のなにかが、するりとゆるんだのを、彼女は感じた。