いまは昔/INs°008

いまは昔
ひとりの老人が川へ洗濯へ出かけました。

洗濯物をゴシゴシと洗っているとき、ふと水面に映った自分の顔が目が入ったのでした。

わしはいつの間にこんなに年老いてしまったか、とんとわからん。この人生にキラリと輝ける瞬間などあっただろうか。思い出せん。

ただなんとはなしに、薄汚れたこの着物を洗いながら日々をやり過ごしているだけじゃなかろうか。つまらん。実につまらん人生じゃわい。

そこへ、隣のうちの派手な老人が通りかかり、こう言いました。

そんな薄汚れた着物をいくら洗ったところで、キレイになんかなりゃあせんわな。もう捨ててしまうがいいじゃろ。え?

頭に来た先の老人は、こう言い返しました。

あんたのその年甲斐もないド派手な着物に比べりゃいくらかマシじゃろて。なにか?そんな服で着飾らんと、自信がないんと違うか?

そうして、2人の老人は河辺でとっくみあいを始めたのでした。

互いに息もゼェゼェ。埃まみれになってもみくちゃになったところで、先の老人が言ったのでした。

もうたまらん。こんくらいにしよう。じゃなきゃ、どっちかが死ぬまで終わらん。あんたの派手な服、ボロボロになってもうたな。はは。わしのがいくらかマシやて。

肩で息をしていた派手な老人が、いいました。

あんた、取っ組み合い中、なかなか男気のある、色っぽい顔してたな。気に入った。このあと、うちへ来い。一緒に酒でも飲もやないか。

お、ええな!けんど、おらそっちの気はないからな。

まあ、かたいこといわんと。

ははは。

ははは。

2人の老人はそれぞれの頭を輝かせながら、楽しい夜を過ごしたのでした。

それからというもの2人は連れ立って川へ洗濯へ行くようになったとさ。

ムッシュより
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