今年もまた、クリスマスが迫った12月のある夜の未明、ジプシーたちが突如街の広場に大挙して押し寄せ、目抜き通りを練り歩いた。
彼らはそれぞれ楽器を手に、大音量で音楽をかき鳴らし、あらん限りの力を振り絞って歌った。聴いたこともない民族音楽。
すでに街全体が眠りについていた時間だったから、人々はたたき起こされ、何事かと動揺しながら部屋の灯りをともした。何かよからぬ暴動やストライキでも起きたに違いないと思う者もいて、窓からその様子を恐々見守った。
やかましい音を立てている以外にはジプシーたちはほかに問題を起こさなかったが、こんな夜分まで街をほっつき歩いていたひとりの惨めな酔っ払いがジプシーたちに向かって「毎年毎年、やかましいぞ!いい加減に黙りやがれ!」と怒鳴ったとき、その事件は起こった。
それまで、確かに酔っ払いが言うように、大変やかましかった音楽が酔っぱらいの一言でピタリとやみ、ジプシーたちは楽器を放り投げ捨てはじめたのだった。ギターやバンジョー、コントラバスにトランペット、多種多様な楽器が放り投げられ、石畳の地面にたたきつけられては悲愴な音を立てた。
ガシャん、バリン、ドドん、ガララ。
やがて楽器たちの悲鳴がやむと、今度は痛いほどの静寂がやってきた。そして、ジプシーたちは一様に酔っ払いをねめつけ始めた。
先程まで、あまりにやかましかったせいでこの静寂はノイズのように、耳にじんじんとこだまして聴こえてくるほどだ。
「だからあ、一体なんだってんだよ。俺が何をした?迷惑かけてたのはお前らの方だ。違うか?ええ?」
誰も何を言わない。だが、ジプシーたちの視線は彼をとらえて離さない。
「今回もまた、あそこへお前ら俺を連れてくなんて言わないよな・・え?」
その場の空気が気温以上に冷え切り、凍り付いたことに耐え切れず、酔っ払いは喚くように言った。
「あそこはもう、勘弁してくれったら!」広場にこだまする。
それでもジプシーたちは物音ひとつ立てず、彼をにらみ続ける。
そしてわずかずつ、彼ににじり寄り始めた。
「おい、やめろったら、こっちへ来るんじゃない」
アパートの窓からその様子を覗いていた老婆が独り言を言った。
「ああ、恐ろしい。なんと惨めな男よ。あれはジプシーじゃないってのに。くわばらくわばら」
そう言ってカーテンをピシャリと閉じてしまった。街はそのまま、再び眠りについた。
あくる朝、通りは何事もなかったように、イルミネーションの光が、凍った路面に反射して煌めいていた。白夜だからまだ闇は去らない。
そしてやっぱり、通りには誰もいなかった。