このほど、長年乗り続けている愛車がついに16万キロ(10万マイル)に到達。
自分が今まで乗ってきたクルマで一番長い付き合いになった。
故障も数多く経験したが、手放すという決断をするまでに至らず(時に自分で直しつつ)、ここまできたのである。
残るもの、去るもの。
多くのものはそのどちらかに分かれるわけだが、彼女(フランス女だから)は前者になり続けている。
・・・ところが、である。
16万キロ達成の瞬間、威風堂々のファンファーレが頭の中で鳴り響いていたのだが、現実に聞こえてきたのは全く別の音だった。
グワングワングワン!
酷いロードノイズだ!
農道の脇に急停車。外気マイナス5度の夕刻。
あたりには街灯もない。
携帯のフラッシュライトで見たらば、絶句した。

バーストである。
見事なまでにタイヤの継ぎ目が裂けている。
天国と地獄。
この2つはいつも表裏一体であることを思い知らされた・・。
16万キロ達成の瞬間に、というのがまた運命のいたずらを思わせる。
ちなみに、この日の昼に映画を観ていたのだが、そのオープニングシーンも、タイヤのパンクであった。何かのシンクロなのだろうか。
2025年、今年は年明けから財布紛失騒動があったばかりだが、いろんな問題が持ち上がる年である。
それにしても、このタイヤの破損の仕方が尋常じゃないのだが、中古ではあるがこの冬の初めに手に入れたばかりのものであった。
それほど古い個体ではなかったし、これまで中古品でトラブルに遭ったことはなかったのだが、こういうことが一度起きてしまうと、今後はもう新品に限るな・・という思いになった。
失敗からは何かを学ばなくてはならない。

ともあれ、こういうトラブルが起きても割と慣れっこな僕は慌てない。
携帯を取り出し、保険会社に電話し(ちゃんと電話帳登録してある)、ロードサービスを淡々と依頼する。
コールセンターにレッカーを依頼すると、スペアタイヤを積んでいるならタイヤの交換作業だけだという(車載ジャッキはとっくに壊れていたので積んでおらず)。大げさにならずに済んでよかった。
ほどなくしてサービスマンが僕の元にやってきてくれて、スムーズに交換完了。
だが外は極寒。交換作業を外で見守っていたため、身体が冷え切ってしまった。
帰って熱い風呂に入らなくては。
そして、買ったばかりなのにまた新しいタイヤを買わなくてはならない。
色々出費がかさむ昨今、物価は高止まりなのに。やれやれ。
でも、どうだ。
よく考えてみれば、こんな激しいバーストが起きても僕は無傷だった。
もしも高速道路でこれが起きていたら、ハンドルを取られて崖の下へ真っ逆さまだったかもしれない。人や物にぶつけていたら・・?
トラブルが起きた時、いつも致命傷にまで至らないのは、根本的には天に護られているから・・・そんな気がしてならない。
人生は生きているあいだ、いつでも途中だ。
いいことも悪いこともひっくるめての人生だ。
トラブルが起きても腐らずに生きられれば上々じゃないか。
財布の問題の時は「お金」に対する意識改革が起きた。
今度は「安全」に関する意識を変えるときなのだろう。
きちんと起きたことから学ばなければ同じことが起きる。
そこだけ肝に銘じよう。
今、なんというか、もう一度、人生を生き直しているという気持ちがする。
それは悪くないことだって思う。