暗い夜道を歩いてる。
こころに去来するのはしくじった過去のこと。
夜明けにはまだ時間がある。
太陽が力を取り戻す前に、あの宮殿跡に行って確かめなくてはならない。
まだ俺は、そこにいるだろうかと。
幾重にも倒れかかった白い石柱の隙間をくぐり抜け、奥の広間のあった場所へと向かう。
記憶のどこかで道順を覚えていたらしい。
足が勝手に動く。
その場所が近づくにつれ、動悸が早くなる。
結論に早く辿りつきたくて、焦っているのだ。
そう自覚してもなお、早鐘をけたたましく打つ鼓動。
目は血走っているに違いない。
歯も剥き出しながら。早く。
紋様が彫られた燻んだ黄金の扉を開ける。広間の入り口だ。
幸い、まだここは壊れていないようだ。
・・いや、違う。
あたりを見渡すと先ほどまでは廃墟だったはずなのに、石壁には松明が焚かれ、仄暗い部屋を不気味に浮かび上がらせていた。
あの時のままだ。
すると。
ペチペチと素足で石の廊下を歩く音が通路に反響して聞こえてきた。俺のじゃない。
音の方を俺は見た。
一人の人影がこちらを伺っていた。
頭が牛の、上半身裸の人間だった。奴は俺から10メートルくらいのところで立ち止まり、じっとこちらを伺っていた。お互いに動かない。
ずいぶん長いこと、見合って立ち尽くしていたらしい。
ついに俺は息苦しくなって、背中で息をした。
呼吸をするのを忘れるくらい、あいつの一挙手一投足、見逃すまいと神経を集中していたからだ。
俺は後退りし始めた。
すると、あいつはにじりよる。
「野郎」
負けん気が出て、俺は一歩進み出た。
するとあいつは一歩下がる。
もう一歩、前に出る。
やっぱりあいつは一歩下がる。
10メートル。
あいつとの距離はずっと保たれたままだ。
ジリジリして俺はあいつから離れようと背後へ駆け出した。
ペチペチペチペチペチペチペチ
思った通り、追いかけてくる。
何も言わずに。奴の息づかいさえ聴こえない。
聴こえるのは喘ぐような俺の声だけ。
広間の奥にある祭壇の棺。
あとのことはどうでもいい、俺は自分があそこにいるか知りたいだけだ。
棺へ辿り着き、蓋に手をかける。
牛頭の男は10メートルのところで立ち止まった。やはり10メートル。
こちらを無表情に見ている。
いや、口元から涎を垂らし、それは胸元へ滝のように流れ、身体をヌメヌメと濡らしていた。
やがて、こちらへ向かって歩き出してきた。
俺は急いで棺の重い蓋をずらそうとした。
蓋はあまりに重く、身体中が軋みを上げる。
負けじと俺も雄叫びをあげた。
そしてついに、蓋が動き、棺の中に炎の灯りが差し込む。
?!
驚きのあまり声が出なかった。
血に塗れた牛の頭が、そこには入っていたから。