丸々1か月はかかったが、ぬかるみから脱したようである。
不調から脱するために朝型の生活に変えた。
可能な限り毎朝早く起き、1時間ほど新しい曲やフレーズ作りに精を出す。
この1時間は、何事にも、雑念にも邪魔をされない貴重な時間。
素晴らしいフレーズが浮かばなくても、かまわない。とにかく機械的にでも音を出すことが大事だと言い聞かせる。「作りながら良い悪いの判断をしない」がルール。
作業をしながら外を眺めると、同じ風景でも毎日どこかしら違っていることに気が付く。当たり前のことだけど、些細な変化に鈍感となっていた自分を恥じた。
自分が外界から情報を受信するアンテナになって、そのままヘンに手を加えずに音へと落とし込むイメージで作っている。
そうして1か月経ってみたらいろんな音がフォルダにストックされていた。それらを携帯に入れてBGMとして聴く。何度か聴いていると、さらにそのサウンドがひとりでに別の方向に歩き出すことがある。
朝、自分が半ば無意識に産み出したサウンドは、それ自体が固有の魂を有しているかのようである。果たして自分で作ったのかどうか思い出せないフレーズもいくつかあるくらいだ。
私の作品「イルニェシュタン」は意識の産物であった。だが、これから産み出すことになるであろう続編は自分の無意識の世界に足を踏み入れることになるかもしれない。 何十、何百のフレーズの積み重ねの果てに。
思ってもみなかった方向に進むかもしれず、とてもエキサイティングだ。
集中力でいうと朝の1時間は、夜の3時間にも匹敵する。
このサイクルは自分にとても合っていると感じる。
歩みは遅くとも、自分の”ほのお”を絶やさないこと。
それしかない。