なんということでしょう?
失くしてから約2週間・・もはや見つかることはないと気持ちを振り切ったところで、それは僕の手元に無事返ってきた。
・・そうです。財布の話です。
先日、絶望に近い記事を上げたところであった。
僕の財布を奪い去った、キツネ目の薄汚い髭の男は実在しなかった。
僕自身の恐怖が作り出したに過ぎない、単なるまぼろしだったのだ。
財布がどのように見つかったのか、詳細は割愛させていただくが、ある知人が「財布失くしてはいませんか?」と僕に届けてくれたのだ。
僕はそもそも財布をドラッグストアで落としてはいなかった。
記憶と物陰の狭間の奈落へと、ひととき沈み込んでしまっていただけ。
おっちょこちょいな自分は改めるべきとして、この2週間、僕にお金に対する意識を根本的に変える時間を天が与えてくれたと考える。
すぐに見つからなかったから、新しい財布を買うことになったし、免許証やキャッシュカードを再発行する手間も味わった。
そこそこ不便な状態が続いた。それなりに困っていた。
厳しくも優しい、天の采配。
最終的に、ちゃんと救いは用意されていたことに感謝の気持ちが湧いてくる。

根本的な意識の変革。
例えば、これまで5つもあった銀行口座をいくつか解約し必要最低限にした。
それから、キャッシュレス決済の導入。
クレジットカードは使っていたものの、これまで目を背けてきた存在。
だが、新しい流れに目を向けてみようと、自分の生活にどのように導入するのがよいのか研究を始めたところ。
なによりも、「お金自体を大事に使う」ということを、心底考え始めていることが大きい。
その結果、日々の買い物や電気の使い方、お酒の飲み方なんかまでも変えることにした。
ムリのない継続可能な節約、というかね。
この2週間はそういう意味で有意義であった。失敗してもただでは起きない。
失敗は成功よりも多くを学ばせてくれるのだ。
「探すのをやめたとき、見つかることもよくある話で」という歌詞を思いだした。
言いえて妙、とはこのことだ。
戻ってきた財布をまじまじと見てみると、薄汚れて新品だった時の見る影もない。これが本当に僕のものなのか、よく思い出せなかった。戻ってきたことはとても嬉しかったけれど・・。
きっと僕の心は、失くす前からそこになかったのだと思う。
そういう生活をしている間は、お金の神様にも見向きもされまい。
それではいけない。少しくらい、見向きされたい(笑
深呼吸して気持ちを新たにしながら、中身をあらため、新しい財布へと移していった。
当たり前だったこれまでのものが古くなり、新しい方向性に目を向ける時が来ている。
もはや暗示ではなく、明示的なメッセージ。
恐れずに進もう。
PS
ちなみに、新しい財布は閉店間際のパルコで手に入れた。
お店への餞別というか、お別れを告げる買い物になったのもよかったかな。
さようなら、パルコ。