懐中電灯を手にトンネルの中を走っていた。足元には水が。
バシャバシャバシャバシャ!
「おい、あっちに音がするぞ!」
「必ず見つけ出すんだ」
背後からそう叫ぶ声がする。
なぜオレは追われているんだ?
わからない。でも捕まったら命はないだろう。
それだけは、なぜか間違いないとわかる。
壁から悪意に満ちた声が漏れ出てきた。
「あいつもそのまま権力の座にとどまってりゃあ、こんな仕打ちに合わなくて済んだものを。ケッケッケ」
「ああ、まったくだ。『恐るべき時代の到来だ』とか名演説家ぶったが最期よ。世界の闇を暴こうだなんて大それたヤツだ」
そうだ、オレはかつて権力側の人間だった。
だが、ウイルスの蔓延の原因を知ってしまい、世界のトップたちはこぞってだんまりを決め込んだなか、オレだけは抗った。それを公表しようとしたまさにその時・・そうだ、クーデターに遭ったのだ。結局、沢山の仲間が虫けらのように死んだ。だが、オレはこうして生き延びてる。
「ビッグ・システィナの名のもとに、裏切ったものは抹消せねばならない」
低い声がまた壁から地響きのように聞こえてきて、トンネル内にこだまする。
轟音のような、聴衆が喝采する声が続く。
無茶苦茶に走り続けた。息が苦しい。ここは酸素が薄いのかもしれない。
気が付くと、ひとつのドアの前にでた。
「オイ、いたか?」
「いや、でも必ず近くにいるに違いない」
「確実に仕留めろと言われてる。逃すな」
追手の声が近づいてきていた。
ほかに道はない。
どす黒いドア・・ヌメヌメと濡れたドアノブをつかみ、回す。手が滑ってなかなか開かない。力づくてつかみ、ドアに体当たり・・鈍い金属音とともにドアは開いた。
「良いですか、みなさん!」
どこかの劇場の舞台袖に出た。
オレは音をたてないように忍び足で声のする方に近づく。
舞台上でスーツを着た男がしゃべっている。
「コクミンのミナサマのアンシンとアンゼンを守るため、かつてない、そしてまた、チュウチョなくやる。まさにそれはつまり、カケテカケ駆け抜けようではありませんか!」
万雷の拍手が鳴り響く。
オレは吐き気を催した。そして・・
意を決するように、内ポケットからナイフを取り出した。
ちいさな果物ナイフだ。
時を伺った。目を凝らして神経を集中させる。
聴衆たちの様子も幕間から見えた。
彼らはどいつもこいつものっぺりとした無表情な顔。
新たに台頭したこの権力者を、焦点の合わない目で見つめている。
今しかない。この果物ナイフにオレは命を預ける。
さあ、闇の化身を切り裂いて・・逃げるのだ。
生き抜くぞ。
舞台上に駆け出そうとしたそのとき、背後から銃声が一発、聞こえた。
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