『これは偶然だろうか? それとも灯台の古びた配管が共鳴しているのか?』
このストーリーに寄り添うサウンド
◇主演/ムッシュ・カノルス

朝、灯台のてっぺんの窓に、海鳥がノックした?
いや、たぶん風の仕業だろう。ムッシュ・カノルスはそう思いながら、片目だけでカーテン越しの光を睨んだ。
「……きょうも、きっと“鳴る”日だ。」
そう呟いて、分厚いウールのガウンを羽織る。裸足のまま木製の階段を下り、灯台の中腹にあるキッチンへ。
手慣れた動作で湯を沸かすが、ここ数日、どうもおかしい。
ケトルの中のお湯が――**「A♯の音で鳴る」**のだ。
最初は気のせいだと思った。だが今朝も、確かに「ふぅぅ……いーーー♯」と、かすかに狂った音程で鳴いた。
しかも、日によって音が変わる。昨日はF。先週はG♭。
これは偶然だろうか? それとも灯台の古びた配管が共鳴しているのか?
ムッシュは湯を注ぎながら考え込む。
「……これは、音階スケールだな。調性を探ってる。おそらく、この灯台自身が。」
思いついたように棚から手帳を取り出し、**《灯台の鳴き声ノート》**の1ページ目に記録する。
◉ 9月 第1火曜:A♯
◉ 湯沸し中、ハーモニクス気味
◉ 夜、階段から低音(E)確認
彼にとって、音は「出来事」であり、「言葉」でもある。
お湯が鳴れば、灯台が話している。音がずれれば、なにかがおかしい証拠。
さて、そうと決まれば……今日の音をもとに一曲仕上げるとしよう。
タイトルはもう決まっている。
《灯台下暗しA♯ブルース》
とりあえず、その前にトーストを焼こう。ナイフでバターをパンに伸ばしたときの音はDだった。
ストーリーメモ:
ウィスランの無人灯台を「灯台アパルトマン」として勝手に暮らしている記憶のない男、ムッシュ・カノルス。火曜日は「ムッシュ・カノルスは灯台暮らし」と称し、彼の日常をユーモラスに綴ります。
次回予告
ムッシュ・カノルスは今日も新しい曲を作るべく、神様におうかがい。
どうぞいい曲を授けてくださいませ!
ムッシュ・カノルスは灯台暮らし第2話。
どうぞ、お楽しみに!