おいでませ、曲の神様仏様。 – ムッシュ・カノルスは灯台暮らし(第2話)

『ああ、湿気のせいか。今日の曲の神様、ちょっと不機嫌だな。』

このストーリーに寄り添うサウンド

◇主演/ムッシュ・カノルス

灯台の螺旋階段を立ち上ってくる風の音が、ピョロロロと響いた。

ムッシュ・カノルスは、左手に淹れたてのコーヒーが湯気の立ち昇るマグカップ、右手には小さなベルを持っている。
今日は儀式の日。週に一度の早朝、灯台の最上層にある小部屋、名付けて「カノルスタジオfF」で、灯台に宿る神様に自作の曲をひとつ奉納することにしていた。

「この灯台にはきっと神様が宿っている・・。勝手に部屋を使わせてもらう罪滅ぼしサ」
と独り言を言う。

床にはぐるりと円を描くように古いレコード盤が並べられている。真ん中に置かれたのは、年代物の木製シンセサイザーと、ノートパソコンと、そしてベル。

「では、始めようか。」

彼はベルを鳴らす。
カラン――カララ――ン……
思ったよりも、だいぶ弱々しい音に響く。

「ああ、湿気のせいか。今日の神様、ちょっと不機嫌だな。」

ムッシュは腰を下ろし、マグの中をのぞく。
ベルの空気振動で、コーヒーの表面に、波紋が2回立った。コーヒーのアロマが部屋に充満する。

「おや、これはリズムの兆しだ。」

何度かベルを鳴らしながら、波紋の周期をジーっとみつめてBPMを決め、前夜に荒れた波の音A♯のサウンドをサンプル音としてシンセサイザーに取り込む。
そのヴァイブレーションがレコード盤のひとつをパタリと倒す。

「ほほう」

その盤は、古い現代音楽の作品だった。ムッシュは微笑む。

「渋いじゃないの」

こうして、灯台のてっぺんで紡がれた今日の一曲は、
《なみのまにまに鐘ひとつ》
打ち付ける波と、ベルのビート、コーヒーのアロマのハーモニーから着想を得て生まれた。

「ウム。今日もいい曲が奉納できた。神様も喜んでくださるだろう」

保存フォルダに名前をつけ、空になったマグの底を見てから彼は立ち上がる。

「……次の波紋も、ちゃんと来るかなあ?液体と音波、香り物質の△カンケイ」

そして再び彼はキッチンに戻り、コーヒーを淹れるのだった。

ストーリーメモ:
ウィスランの無人灯台を「灯台アパルトマン」として勝手に暮らし始めた記憶のない音楽家、ムッシュ・カノルス。火曜日は「ムッシュ・カノルスは灯台暮らし」と称し、彼の日常をユーモラスに綴ります。

次回予告
ムッシュのリラックスタイムは「お風呂」!
一日の疲れを洗い流そう~🛁
ムッシュ・カノルスは灯台暮らし第3話。
来週も、お楽しみに!