『あいつが踏んだ乾燥ローズマリーが、どこかに紛れたんだな。』
このストーリーに寄り添うサウンド
◇語り部/セニョル・スウェルト

朝六時、鹿の鳴き声で目が覚めた。
どうやら蒸留所の裏手、湧き水の小道を歩いていたらしい。年々、やつらも人間に遠慮しなくなってきた。とはいえ、俺にとっては目覚まし代わりだから文句は言えない。
まずは焚き火台に火を起こす。
その間に、まだ眠たげな木桶たちを井戸水でゆすぎ、麦芽を確かめる。
この季節は湿気がやっかいだ。香りが立ちすぎると、それはそれで“調和”が狂う。
「自然と共に」なんて言葉は、雑誌の見出しで見る分には美しいが、現場じゃ大抵トラブルの言い訳にしかならない。
火の前に腰を下ろし、朝のARØMを一杯。
今朝のは、ほのかにスモークが立っていて、背後にハーブが潜む。
ん?…ああ、そうか、昨日、貯蔵庫に迷い込んだあの猫。あいつが踏んだ乾燥ローズマリーが、どこかに紛れたんだな。
計算外の混入。
でも悪くない。これを「月曜の猫(Gatto di Lunedì)」って名前にでもして出してみるか。
──まあ何はともあれ、今日も悪くない週の始まりだ。
ストーリーメモ:
月曜日の舞台は、ウィスラン名産のARØM(アルォム)蒸留所。語り手、セニョル・スウェルトは蒸留所の跡取り息子。近年父を亡くし、音楽家の夢を諦めて都会から戻ってきました。音楽はとっくに捨てたはずですが、奇しくもARØMが音楽を再び彼のもとに引き寄せます。
スウェルトは寒い国の出身者らしく、ときに痛烈な皮肉屋。ですが、彼の過去が要因となって寂しがり屋な一面もあります。
次回予告
音にシビアなARØMの貯蔵部屋で、音楽に生きていたあの頃を思い出す・・
次回、「静寂の樽部屋で」
セニョル・スウェルトとARØMのある風景(第2話)
来週も、お楽しみに!