『あの夜の音は、いまだに燻(くゆ)り続けている。
煙の奥で、誰かがこちらを見ている。』
このストーリーに寄り添うサウンド
◇語り部/セニョル・スウェルト

季節はそろそろ夏から秋への入口に立とうとしている。
ウィスランの海は、季節の変わり目を察知すると、
まるで深呼吸でもするかのように、空と海をかき混ぜ始める。
今日の空も、銀色と墨が絡み合うような曇り空が藍色の海と入り交じり、世界をモノクロームに染めようとしていた。
今夜はきっと嵐が来るだろう。
俺は仕事がはけると、再び蓄音機に火を入れた。そして・・・
棚の奥に押し込んでおいた、捨てたかったけれど捨てきれなかった音源を取り出した。
俺の過去がここに眠ってる。
直視するのが怖い。
でも、今や、そうもしていられないことが、イルニェシュタンの登場でわかってしまった。
突き詰めれば、俺はこの先、どう生きるのかという命題に行き当たる気がする。
“fF Live at Fjord XXE”
“ファズ・フォルミダーブル最後の夜”
記憶が、蘇る。
あの夜、ニウヤク・セントラルパークにあるヴェニュー――Fjord XXE(フィヨルド・ダブルエックスイー)で行われた、
バンド最後のライブ。
あの夜、カノルスはリハの終わりにこう言った。
「今夜こそ、光で音を燻すぞ。……君たちは、ついて来れるかい?」
それが何を意味するのか、俺にはまったく分からなかったが、
ヤツの目が俺たちを試そうとしてたことが分かった。
ギターのシシマールはいつものように、何を考えているかわからなかったが・・。
本番が始まった。
カノルスは舞台照明に照らされて、キラキラと光の粒子を操るような歌声を場内に放った。
高音、低音。目まぐるしく変わる周波数がオーディエンスの目の色を変えさせる。
ギターの一音一音が胸をグサリと刺してくる。
音に色がついて、視覚に届いてくる──燻された音が、ゆらゆらと煙を上げ、不思議な香りまで纏う。
俺には、カノルスの光がちゃんと視えていた。いつもとは何かが決定的に違う夜だ。
けれど・・・
俺自身が、それに追いつけなかった。
身体は吹いていたが、魂がワンテンポ遅れていたというのか。
負けるな、食らいつけ!
だけど、そうしても最後まで追いつけない。
くそ、待ってくれよ。
気がつけば、カノルスは遥か彼方で何かと交信していた。オーディエンスたちの頭上に何かを見出していた。やけに遠くに感じる。多分、
ヤツはステージの上から別の次元に”コネクト”していたんだ。
◇
終演後、控え室で彼はギターを静かに仕舞い、小さく言った。
「探していたものが見つかったみたいだ。すまない、スウェルト。」
シシマールは申し訳なさそうな顔をしていた。
どういう意味だろう。
それきり、カノルスは姿を消し、バンドは消滅した。
解散ですらない。消滅なのだ。
◇
テープが終わった。
蓄音機の電源を落としながら、不思議だが、今なら、追いつけるかもしれないと思った。
あの晩、”イルニェシュタンのセッション”で吹いた、サックスの一音が、俺を変えた。
外では潮風がゴーゴーと鳴いている。
その風に乗って、何かが運ばれてくるような気がした。
2羽の鳥──いや、fとFの記憶。
──fuzz Formidableファズ・フォルミダーブル。
傷だらけになっても、飛ぶのはやめない。
なあ、カノルス。
お前は今も、あの時の続きを奏でているのか?
そして一体、何を見つけたんだ?
◆
予想通り嵐となったその夜、俺はペンを手に取った。
書いたのは、手紙ではない。
そう、メロディだ。
レシピの「第四行程」――光の音に燻されて。
イルニェシュタンに吹き込む、俺の魂をゆだねるフレーズ。
この曲の先はどうなってる?
第五行程:再び出会うだろう
そうだ。
カノルスが必要だ。
そして、自分もまた――
「必要とされたいのだ」
なんてことだ。
そんな言葉が、俺から出るなんて。
To Be Continued…
エピローグサウンド
『第6話(終話):再会と再開』に続きます。
ストーリーメモ:
バンド「ファズ・フォルミダーブル」。
彼らが決裂し、バンドが消滅した最後の夜。ファズはカノルス(ギターヴォーカル)、スウェルト(サックス)、シシマール(エレキギター)の3人によるスリーピースバンド。大都会ニウヤク・シティーのヴェニュー(ライブハウス)に夜な夜な出演し、腕を磨いていましたが、カノルスは光と闇の間でたびたび揺れ動き、スウェルトたちも彼の真意を図りかねるところがありました。バンド最後の日もまた、カノルスは謎を残して彼らのもとを去ってしまいます。
ですが、数年の時を経て運命は再び動き出し、イルニェシュタンという光の音を通じて、彼らは互いに引き合うことになるのです。