「ムッシュ、あなたが何故ここに来ることになったかわかりますか」
えーっと今後の展望を知りたかったからです・・と伝えたムッシュ。
「はい。それもありますが、あなたが、《あなた自身》を知るときがついに来たからなのですよ」
ボク自身?
年齢不詳なこの司祭は、ネイビーのローブをまとい、六角形のカタチをした宝石のついた長いネックレスを首から下げている。以前に会った時とまったく同じ姿で、まるで歳も取っていないように見える。
「あなたがここに向かっているのはわかっていました。あなたのエネルギーをちゃんと感じることができたので」
ムッシュは目の前に置かれている、これまた六角形をした大きなテーブルの木目を見つめていた。ここは何でも六角形だ。
司祭の目を見ると、見透かされそうで少し気後れしていたのであった。
「ここに来る間、何か心境の変化はありましたか?」
・・心境の変化?
何か自分が自分じゃなくなっていくような・・静かな気持ち・・もちろん道中大変でしたが・・
あと、なんか不思議な香りがずっとしてましたけど・・今も・・
メトラ司祭はにっこりとほほ笑む。
「ご名答。その香りが何なのかお見せしましょう。さあこちらへ」
修道院の母屋を出て裏庭にでた。庭のプロムナードの先に、ひっそりと小さな祠(ほこら)のようなものが建っている。祠は周りを池に囲まれており、ステンドガラスの窓が西日を照り返していた。祠に招き入れられると地下に降りていく階段が目に入った。
階段を降りていくと、あの香りがいっそう強く立ち込めていた。
司祭がろうそくを手に先導する。
「さあ、ここですよ」
小さな祠からは想像できないほど地下室は広く、所狭しとたくさんの樽が置かれていた。
「ご存知の通り、これはアルォムです。いにしえの時代から途絶えることなく、ここで造られてきました」
え、でも以前ここに来たときは香らなかったけれど・・
「そうでしょう。以前のあなたはこの香りを感じ取ることができなかったのです。感じることができたなら必ずそのことを口にするはずですが、あなたはしなかった」
「このアルォムは、光を内に宿し、その世界に生きると決めた者しか香りを感じず、文字通り、口にすることが許されないのです。闇の政権が猛威を振るった禁アルォム法時代、このアルォムを護るために当時のアルティザンによって特殊な改良がおこなわれた結果だと言います。このアルォムの名はここ黄金渓谷と同じ「ØRVALLEY(オルヴァレィ)」、その不遇の時代を象徴して、別名「MOONSHINE(密造酒)」とも呼ばれています。月明りのもと、ひっそりと製造されていたからです」
「あなたはこれまで、ずっと自分の力を封印してきたのです。もはや、封印していることすら思いだせなかったはず。それはとてもとても、怖いことです」
「あなたがこの世界に生まれてきて、何をしようとしていたのか。今、改めて思い出すときです。あなたの潜在能力には見込みがあると確信していましたが、その力は残念ながら、ずっと仕舞い込まれていた。誰でもない、あなた自身の手によって、です。ゆえに、力を解放できるかもまた、あなた次第なのです」
「最後の最後で、あなたが創り出す音楽があなた自身を救い出し、加護したようです。あなたがここに来る道中で音楽を奏でるたび、このあたりに立ち込める香りが増していましたから。音楽はすなわち光、あなたのその光脈は見事掘り当てられたようですね」
「不遇の時代、不信の時代、そういったものをなんとか潜り抜け、巡り巡って精神の根本から生まれ変わり、あなたはまたここオルヴァレイにいるのです。さあ、祝杯をあげましょう。」
そういうと、司祭は盃型のグラスを棚から二つ持ってきて、樽の栓を抜き、アルォムを注いだ。黄金の液体がグラスを満たす。
「遠慮せずにどうぞ。あなたがこれから見る世界はあなたの過去と未来を映した鏡のようなもの。初めにも言いましたが、あなた自身、です」