濡れた幹/INs°007

目を閉じて、夢想の旅に出かけた。
寒々しい冬の森に。

さみしい森の道を分け入っていくと、あちらこちらに溶けかかった雪が残っていた。
地面は時々ぬかるんでいて足を取られ、歩きづらい。

木々は葉っぱをみんな落としてしまい、残っていてもみな茶色く色あせてる。
白く曇った空。気晴らしに来るところではなかった。

一本の大きな木が生えていた。
幹がとても太くて、樹齢がこのあたりの木の中で一番長そうだ。
触れてみると何故か温かく、そしてぬめるように湿っていた。

寒かったけれど服を脱ぎ、全身をその幹に押し当てた。
靴も脱いでしまった。こんな寒空なのに馬鹿げているけれど。

まず、手のひらでそっとふれ、次第に両腕を回していき、左頬を押し当てた。
胸や腹、性器から脚、全部密着させていく。

背中は刺すような寒さを感じるけれど、幹に触れている場所は天国みたいに温かいとわかり、安堵した。それでも相変わらず、背後から冷気が小さな釘を打ち付けてくる。

温かさと寒さのせめぎあいが続いたが、いよいよ寒さが軍配をあげそうになったとき、縋りつくように、ひときわ強い力で幹を抱きしめた。すると幹は柔らかな餅のような質感に変わり、身体がその中へと、沈み込んだ。それから徐々に幹に取り込まれていった。もう寒くはなかった。ようやく安堵した。

木の記憶が入り込んでくる。
土からちょんと顔を出した、ちいさな芽だったころの記憶だ。
太陽はいろんなことを教えてくれた。
身をゆだねることの真理や、他者と比べることの無意味さ。
過去、そして未来のことを。

しばらくの間、ここで誰でもない自分になったことで、返って自分を取り戻していた。

幹の割れ目から外にでることができた。
服を着てぬかるんだ道を再び戻る。

もう寒さは感じなかった。

ムッシュより
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