ゆれるもの

ひとり、山奥に来ていた。

吐き出す息がそのまま凍ってしまいそうなくらいの、とても厳しい寒さ。
分厚い手袋を身に着けているが、指先は少し感覚が無くなり始めている。だいぶ長い道程を歩いてきたせいだろう。

私はここで、深呼吸をしていたい。
いつまでも、と願う。
冷気が全身をむしばみ始めているというのに。

何故って、

まっさらで透明なこの酸素が肺に入ってくるたびに、心が、私自身が洗われていると感じるのだ。

痛みとともに感じる清々しさ。

こんな山奥で、誰にも知られず、私はここに立っている。
だけど、充足感を感じるのだ。

たった一人でも、何をしていても、いなくても、ただ呼吸しているだけで生きていると感じることができる。それこそが、私たちの本来なのではないか。

目の前に立ちはだかる、切り立った崖。
無数にひび割れたその岩肌のすき間すき間には、ろ過されつつある雨水が長い年月をかけて滴っていくのがみえる。

ゆれながら。流れにまかせて。

すべての道理だ。

意図的なものはいずれ消え去る。
本質だけが残り、生き続ける。